\SNS発信中/
<ドキュメント がん治療選択>の著者 金田信一郎さんによる お世話になった病院長へのインタビュー vol.2
先日、がん治療本のご紹介①という記事の中で紹介させていただきました「ドキュメント がん治療選択」の中で、著者の金田信一郎さんが、東大病院とがんセンター東病院を退院後に、それぞれの病院長にインタビューをした様子が最後の方に出てきます。
前回の著書の紹介では、あくまで患者目線からこうあってほしい理想の在り方が切々と語られており、大変私も共感しておりますが、今度は各病院長へのインタビューというだけあって、医師や病院目線での患者さんへのかかわり方や在り方が語られています。
金田さんは東大病院から転院されて、放射線治療を受けたがん研究センターの病院長です。
以下、金田さんがインタビュー形式で語られているものをまとめてみました。
インタビュー
国立がん研究センター東病院 病院長 大津敦氏
大津先生は国立がん研究センター東病院が1992年に設立されたころから勤務されている先生です。
ちなみに、がん研(がん研究会)とがんセンターを混同している人がとても多いかと存じます。私もこの本を読むまでそう思っていた一人ですが、最初に説明しておきますと、がん研は戦前に生まれた組織で、がんセンターは1962年に開院された比較的新しい組織になります。
最初にできた築地にあるがんセンター中央病院の分院として、千葉県柏市に設立されました。
がんが国民病になるのが目に見えていたことから、もう一つがんセンターを作ろうということで、手術ができる患者さんを築地に、手術ができない進行した患者さんを柏で診るというような役割分担が最初は予定されていました。
ですので、できた当初は最新の病棟建築だけでなく、緩和ケア病棟や世界で2番目の陽子線治療センターが目玉となり、予定より患者さんがとても多くいらっしゃったそうです。
そうなると、肺がん・肝臓がんだけでなく胃がんや大腸がんの患者さんも増えて、だんだんと東病院でも手術をするようになっていきました。
でも、メインは肺と消化器、頭頸部のがんなどで、その後は希少がんにも取り組んできました。
開院して10年後、国から機能分担を明確にするようにとのことで、それぞれの病院は以下を中心に据える方向性になりました。
・築地は「がん対策情報センター」政策医療
・柏は「臨床開発センター」新しい開発
また、出来た当初から医師の平均年齢が33歳と若かったため、先生方が臨機応変に他の科の領域についても話ができたり対応したりしてくれて、診療科横断的な良い雰囲気がずっと続いているそうです。
金田さんも最初に外科手術を受けるつもりで行かれたのですが、途中、内科の先生が間に入って「放射線もありですよ」という話をされ、放射線治療に切り替えています。
他の病院では基本、行ったところの科の治療方針が適応されることが多く、患者さんに選択肢が提示されないため、自身で選びにくいところがあります。
ですが、柏のがんセンターの方は外科医に近寄り難さがないため、相互でよい作用を生み出す関係性が作れています。例えば、ゲノム関係は内科がリードしてプロジェクトを進めていますが、周術期の薬物療法などは外科が中心となるようにバックアップをしているなどです。
それによって、ESD(内視鏡切除)を最初に実践するなど、内科がいろいろな実績を上げることにもつながっているのです。
ちなみに、こちらの病院長の大津先生も内科出身の先生です。
それだけでなく、非常にユニークで革新的な取り組みが、この病院内のあちこちでなされていて、まるでシリコンバレーのようです。
きっかけは、2000年頃に分子標的治療薬が台頭してきたことにより、がんを発生させる遺伝子異常に適した薬を開発するようになりました。
そこで「国際共同治験」という枠組みになったとき、日本の施設が参加できず新薬開発が何週遅れにもなってしまった状況を目の当たりに、大津先生は2005~2006年頃に自ら国際治験に参加し、海外で活動する中で考え方がかなり変わります。
2008年に大津先生がセンター長に就任してから、臨床検体や免疫を解析する基盤などがつくられました。大きく進んだのは、2011年に国の事業で早期・探索的臨床試験拠点整備事業に選定されてから、全国5施設の一つに選ばれることにより事業費を国からもらえるようになって、本格的に基盤を作り上げることができたためです。
おかげで現在は企業との治験や共同開発を多数行っており、また、単に企業から治験を受託するだけではなくて、医師が自ら考えて新薬の開発をする「医師主導治験」ができる体制がつくられました。臨床研究筆頭著者論文数は東病院がトップです。
今の米国製薬企業の新薬の6~7割は、自社以外のアカデミーやベンチャー企業のシーズ(薬の種)を取り込んで製造しています。
日本ではこちらのがんセンター東病院で、日本で承認されたがんの薬の多くを治験をしています。
現在は、京都大学のIPS細胞を使ったがんの免疫細胞の治療を始めています。
また、光免疫療法も実施していますが、これはNCI(米国立がん研究所)の日本人医師と楽天の三木谷さんが投資したものを、日本での開発拠点としてこの病院でやりました。
2015年には、スクラムジャパン(遺伝子スクリーニングプロジェクト産学連携全国がんゲノムスクリーニング)を始めました。
東病院の呼吸器内科長と消化管内科長の2人が中心となって、全国215の医療機関と製薬会社17社との共同研究として設立しています。
今は保険適用されている遺伝子パネル、さらにリキッドバイオプシーにより採血で遺伝子の変化がわかるようになっています。
がんセンター東病院が持っているデータはおそらく、世界でもトップクラスになっています。現在は解析から臨床応用まで、さまざまな場面でゲノム医療をつくるグループになっています。
大津先生はこんな時代が来るとは思いませんでした、と語っています。
それほどに現代はがんの遺伝子の状態もわかるし、RNAの発現の状態もわかります。
隣の東大柏キャンパスに遺伝子の解析で日本の第一人者がいるので、一緒に共同開発を進めているそうです。
これから先は海外と競い合うために、研究の先の企業化が課題だそうです。
そのためにスクラムジャパンを立ち上げたという目的もあります。
ここからアジア各国にスクリーニングシステムを広げて海外からのデータも収集し、また、マルチオミックス解析も始めており、世界最大規模の研究になってきています。
日本企業である第一三共は、乳がんと胃がんで特殊なタンパク質を発現している人に効く新しい薬を開発してヒットさせました。その治験を世界で最初に東病院で行っており、2020年に承認されました。
現在、スクラムジャパンには臨床とゲノムの膨大なデータベースをつくってあり、企業や医療機関、アカデミアと情報を共有して新しい薬を開発しています。
国内の主な企業はすべて参加しているそうです。
藪の中に忽然と現れた病院が、遅れていた日本医療の中心になって、突出したものを作り出せるようになった理由を金田さんはたずねました。
それに対し大津先生は、「開院以来自由度の高い文化を、当初の幹部の先生方がつくられ受け継がれてきているので新しい挑戦ができる。若くて破天荒な先生たちがシリコンバレーのようにパッションをもって挑戦し、多少突っ走っててもそれがうまく回っている」と応えられております。
2016年に大津先生が院長になったときに掲げた基本方針に「人間らしさを大切に、患者さん一人一人に最適かつ最新のがん医療を提供する」とあります。と同時に、世界最高を目指すぞ!と言われたそうです。
それが今や、2010年に独法化して以来、収支に応じて職員を増やせるようになり、わずか10年で1500人と倍になっています。患者数は新患がちょうど1万人ぐらい、病床稼働率は100%を超えています。また、世界的な研究プロジェクトがいくつも進んでいます。
2022年にはホテルとラボ(研究所)がオープンし、企業も誘致を進めていて、全国から新薬や細胞療法などの開発・研究者がどんどん集まってきて、この場所はまさにシリコンバレーの医療版さながらになることが予想されています。
医療機器開発のグループもあり、AI(人工知能)やITエンジニアなどの研究者がたくさん集まってきて、病院内医療機器開発センターで企業やアカデミア施設の研究者と一緒に開発を進めています。
最近ではここに、外科医だけではなく幅広い診療科の医師や看護師、メディカルスタッフがまじりあってお茶を飲みながら意見交換をし、研究を進めているそうです。
大津先生は、だからおもしろいと評価されています。
2021年からは東大系のベンチャーキャピタル、UTEC(東京大学エッジキャピタルパートナーズ)が、東病院と共同でベンチャー育成プログラムを開始しました。
まだ規模は小さいですが、ようやく世界のトップの大学に似た取り組みを始められるそうです。
最後に大津先生の夢を語ってくださいました。
「次の世代の人が活躍する基盤をできるだけつくって、新しい医療をより早く患者さんに提供し、海外に負けない開発研究の拠点となることを夢見て進めています」
自分のビジョンを一つ一つしっかりと現実にしてこられた大津先生の理想が、とても詰まった言葉で素敵だなと、金田さんのインタビューを拝見してそう感じました。
-
URLをコピーしました!
